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Posted by あしたさぬき.JP at

2017年01月06日

千里ニュータウンの開発の流れの中にひっそりと佇む町「上新田」

古高松の歴史を地形的な側面から考察てきましたが、
その視点を持って他の土地を歩いてみると、
今まで気にならなかった事が次々と気になり始めます。
(歩く事が大事なのですけどね)

僕が生まれ育った街
千里ニュータウン


この超巨大な計画都市のど真ん中に
古のたたずまいを見せるエリアがあります。
それが、
豊中市上新田。

学校では「明治時代の小学校校舎が保存されている」
のようなことを習うのですが、
実際それがどんな意味合いがあるかなどは、
当時の子どもたちが気付くはずもありません。

今回たまたま、
千里の氏神様
と呼ばれる上新田天神さんに初詣に徒歩で行ったところ、
この周囲の地形というものが本当に良く分かりました。

千里ニュータウンの開発がされた1970年代以降も
今から30年くらい前まではこの辺りは一面の竹林でした。
しかし、一時期から一気に宅地開発が進み、
高級マンションが建ち並ぶエリアとなりました。
千里丘陵と呼ばれるほど、アップダウンの激しいエリアで、
マンションが建ち並んで入るのですが、
当時の地形を使った形で、
傾斜地にマンションが建ち並んでいる事が分かります。

古い町並みは今も残っており、
このように、
旧家と、竹林と、高層マンションが一つの写真に納まり、何かとても不思議な感覚になりますよね。


上新田エリアは、家が密集するエリアですので、
この中を新道が走っているのですが、
それ以外にも江戸時代からつづく旧道もしっかりと残っております。

こんな感じで、豊中市で一番古い道標も保存されています。


という事で、
ちょっと、郷愁を感じながら、
豊中市上新田をてくてく歩いたのでした。  


Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 07:00Comments(0)『古高松』学