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Posted by あしたさぬき.JP at

2015年04月27日

食文化の消滅はどの時点をさすのか?

食文化の消滅とはどの時点をさすのでしょうか?
そんなことを考えてみました。

実は、香川県には、「讃岐の食文化」というものが実にみごとに残っております。
讃岐の食文化とは
(1)米を極力使わずに1年間の食を組み立てる
(2)温暖な気候から1年を通じて、季節毎にいろいろな食材が存在する
(3)個々の食材について、代名詞のような料理がある
まあこんな感じです。
多分、この考え方から行くと、全国的にも稀なぐらい食文化が現存する地域だと考えます。(比較検討はしていませんが)


この食材が、以下のような料理に様変わりします。


しかし、そんな香川県に置いても、食文化は消滅の危機にあります。
ただ「消滅」といっても、完全に消え去るのが消滅ではないと考えます。
「食文化の消滅」とはどの時点をさすのでしょうか?
・写真と伝承しか存在しなくなった時点?
・誰もその料理を作らなくなった時点?
・野菜の種子が無くなった時点?
・食材が手に入らなくなった時点?

僕の考える食文化の消滅とは「地元で生産された素材が流通されなくなった時点」です。
つまり、中央卸売市場で地場産の素材が扱われなくなり、地元のスーパーや八百屋さんから食材が姿を消した時点です。

実は20年前の香川県には「チシャ」「コナ」といった野菜が流通しており、一般的に食べられていました。
しかし、これらの食材も、利用されなくなり、流通から抜け落ちてしまいました。
「コナ」についてはほぼ流通には乗らなくなり
「チシャ」については種子の存在すらわからない、というレベルです。

また「ぶどまめ」と言う豆が食べられていました。
貯蔵用の豆だけでもなく、野菜が無くなればそれをモヤシにして食べていました。
でも、もう記憶すら無い人も多いです。


食材は、それを永続的に利用されることによって生命を得ます。
つまり「人口に膾炙された」状態ですね。
「〇〇さんが作っている」「どこどこで作っている」だけでは、
「レア食材だから産直で扱っている」
だけでは、もう既に文化としてはほぼ消滅していると同然であろうと思います。
多くの生産者が作り、それが多くの生活者の手元に供給されていて、文化は生きている。
そう定義づけられると考えます。

現在、高松市中央卸売市場で、香川県の伝統野菜(食文化に密接につながっている野菜)として
「まんば(高菜)」「葉ゴボウ」「セレベス」「ワケギ」「ソラマメ」「細ネギ」等があり、
文化消滅の危機に瀕しています。
「使われない」→「売れない」→「作らない」というサイクルの中で、市場取り扱いが減少して行っています。

農家さんに聞くと「売れないから作らない」であり「作れない」では無いのですね。
多くの野菜は種子も栽培方法も現存し、生産者の家庭菜園では作られています。
そのためにも、「使われる野菜」→「売れる野菜」というサイクルをもう再興させることが必要であると考えます。

但し、今すぐ消滅ではなく、あと5〜10年が勝負の期間となります。

「文化」つまり「地域のアイデンティティ」が保てるのかどうか?
シニア野菜ソムリエの挑戦は続きます。

そう、讃岐漆芸を復活させた人間国宝「磯井如真」さんにならって(恐れ多くて大変申し訳ございません)
「讃岐の食文化の中興の祖」とよばれるように。
いや、これは恐れ多すぎです。  


Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 07:45Comments(0)野菜DE子育て