2016年11月03日
プチ考察 香川の柿の歴史を考える ♣ 11月は柿強化月間なので あまり面白みのない記事でスンマセン
11月は柿強化月間なので
あまり面白みのない記事ですが、柿についてまとめておきます。
讃岐は、季節感が見事に感じることができ、季節により食べたいと思う食材が変わるのではないでしょうか?
野菜もそうですし、もちろん果物もそうです。
10月はちょっと酸っぱいミカンが美味しく感じましたが、
立冬も過ぎ、寒さを強く感じてまいりますと、やはり「甘い」ものが欲しくなります。
果物も丁度甘味の増してくる頃です。
11月を代表する甘い果実と言えば「柿」。
ビタミンCはミカンよりも多い栄養満点果実。
昔は「渋屋」というものがあり,柿渋は高血圧の薬としても扱われていたようです。
その昔は、砂糖は甘味料というより、薬のような位置づけでもありましたので、
甘みの強い柿は、薬のように重宝されていたのでしょうね。
因みに、柿の英語名は「persimmon(パーシモン)」ですが、
学名は
dirospyros kaki(ディロスピロス カキ)
フランス語でもドイツ語でも「kaki」とあらわされます。
日本に昔からある果実ということが良く分りますよね。
大宮早生

西条

碁盤柿

愛宕柿

富有柿

さて、香川県における柿の産地はいろいろあるのですが、
高松市の近辺では「香南町・香川町」「綾川町の千疋」「高松市円座町」などでしょう。
明治以降、日本における3度目の農地の大開発
(一度目が奈良時代~平安時代にかけての条里制による水田開発
2度目が江戸時代における、低湿地、海岸線の大干拓
そして3度目が明治以降の丘陵地の果樹園としての開発)
が行われて、丘陵地を使った特産果樹というのはいろいろ模索されたのでしょう。
香川県においては、全国でも早く柿の産地化が進み
明治35年に岐阜県において発見された甘柿「富有柿」が明治40年に香川県高松市香川町川東
に導入されたようです。
大正時代に入ってからは、全国への出荷が始まり、
香川県から大阪市場に向けて、全国に先駆けて富有柿を出荷したと言われています。
(記録からの類推)
昭和16年には、富有柿の栽培は900haと、岐阜県、和歌山県に迫り、
ミカンと柿が香川県の果樹の双璧となったとのこと。
しかし、その後食料確保のために、柿園は次々と廃園となり、過去の栄光は、
見る影もなくなったとの記録が残ります。
あまり面白みのない記事ですが、柿についてまとめておきます。
讃岐は、季節感が見事に感じることができ、季節により食べたいと思う食材が変わるのではないでしょうか?
野菜もそうですし、もちろん果物もそうです。
10月はちょっと酸っぱいミカンが美味しく感じましたが、
立冬も過ぎ、寒さを強く感じてまいりますと、やはり「甘い」ものが欲しくなります。
果物も丁度甘味の増してくる頃です。
11月を代表する甘い果実と言えば「柿」。
ビタミンCはミカンよりも多い栄養満点果実。
昔は「渋屋」というものがあり,柿渋は高血圧の薬としても扱われていたようです。
その昔は、砂糖は甘味料というより、薬のような位置づけでもありましたので、
甘みの強い柿は、薬のように重宝されていたのでしょうね。
因みに、柿の英語名は「persimmon(パーシモン)」ですが、
学名は
dirospyros kaki(ディロスピロス カキ)
フランス語でもドイツ語でも「kaki」とあらわされます。
日本に昔からある果実ということが良く分りますよね。
大宮早生

西条

碁盤柿

愛宕柿
富有柿

さて、香川県における柿の産地はいろいろあるのですが、
高松市の近辺では「香南町・香川町」「綾川町の千疋」「高松市円座町」などでしょう。
明治以降、日本における3度目の農地の大開発
(一度目が奈良時代~平安時代にかけての条里制による水田開発
2度目が江戸時代における、低湿地、海岸線の大干拓
そして3度目が明治以降の丘陵地の果樹園としての開発)
が行われて、丘陵地を使った特産果樹というのはいろいろ模索されたのでしょう。
香川県においては、全国でも早く柿の産地化が進み
明治35年に岐阜県において発見された甘柿「富有柿」が明治40年に香川県高松市香川町川東
に導入されたようです。
大正時代に入ってからは、全国への出荷が始まり、
香川県から大阪市場に向けて、全国に先駆けて富有柿を出荷したと言われています。
(記録からの類推)
昭和16年には、富有柿の栽培は900haと、岐阜県、和歌山県に迫り、
ミカンと柿が香川県の果樹の双璧となったとのこと。
しかし、その後食料確保のために、柿園は次々と廃園となり、過去の栄光は、
見る影もなくなったとの記録が残ります。
Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 07:00│Comments(0)
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