2016年09月21日
【考察】敬老会 ♣ いやまあ、凄い地域行事ですよね。

毎年敬老の日は、全県(もしくは全国)一斉の敬老の日イベントが行われます。
小学校という小学校で、
いわゆる「敬老の日イベント」が開催されます。
敬老会スタッフもしくは招待客に関係ないと全く以て関係のないイベントですが、
よくよく見ると、とても良くできたシステムのイベントです。
記念品を出汁に(出汁と言ってしまったら元も子もないですが^^)、
会場に足を運んでもらい安否確認をするというのは誰もが分かるシステムですが、
もっと深く掘り下げて行くと、
地域の初老の方が中心に企画をして、地域の絆を作り(まあ、顔見知りばかりですが)
地域の民生委員が中心に受付をして、健康状態の確認や、後輩の育成をし、
地域の子どもたちが歓迎のステージをします。
(ちょっと保護者世代の不在が微妙な所ですが)
また、首長(市長、副市長)は分刻みのスケジュールで、全ての会場を回りあいさつをします。
小学校の入学式、卒業式に次ぐ地域の大イベントとも言えましょう。
で、毎年のことながら、気になるのは出演者(つまり小学校の合唱や吹奏楽)の演目。
「敬老の日イベント」=「ふるさと」
というステレオタイプのセットリストがありますが、これは正解なのでしょうか?
なんてことを考えながら見ています。
今回、坂本九さんの
「上を向いてあるこう」「見上げてごらん空の星を」を披露された出演者がありました。
現在敬老会のゲストとして出席するいわゆる「高齢者」ですが、
80歳くらいが中心世代と考えると、その青春時代はまさに戦後すぐ。
その時にヒットした楽曲というのは、少なからず琴線に触れるでしょう。
そんな感じで、
誰が聞いているのか?
をしっかり考えて選曲をするともっと心を打つのにな〜と感じました。
たぶん、僕もその頃になったらそんな感情になるのでしょうが、
「上手に演奏する」よりは
「地域の子どもたちが自分たちのために演奏してくれている」
それだけでも十分ありがたいと感じると思います。
そんな子どもたちが、自分たちのために選曲をしてくれている。
そんな、シチュエーションをプラスすることで、
もっと感動的な空間になるのかな〜と感じておりました。
運営サイドも、出演者の保護者も、
出演者(つまり子ども)ばかり見て、
聞き手である、当日のゲスト(つまり高齢者)がどんな反応をしていたかは気付かないでしょうが、
もっと、観客を見ると気付くことがおおいのかな〜と感じました。
で、
先日16歳を迎えた
奇天烈パフェ
きみともキャンディのりなたん
ですが

生誕祭のBGMを、自らの生歌で演出されました。
今回は、かなり古い曲を多くセレクトされていたのですが、
その結果
「ファンのみんなも口ずさんでくれていた」
という反応を示されました。
ステージに立つ以上、「自分を見て」という感情があるのでしょうが
それ以上に、そこには観客が存在ししており、
観客のことをしっかり想定すると(全て網羅すると出演者のオリジナリティが無くなるのでほどほどが必要でしょうが)
同じ力を注いでも、結果は大きく変わるのだな〜と感じた次第です。
Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 07:00│Comments(0)
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