2016年07月13日
讃岐人が古来戦ってきた強大なる敵「水」と「干ばつ」 ♠ やはり改めて「水」を見つめてみないとね。
讃岐の歴史文化を考える上で必ず念頭に置いておかなければならないキーワードが
「食料」と「水」。
讃岐は
古事記にも
「飯依比古」とあるように
古くから食料が豊かな国であった事は分かります。
また、江戸時代の人口爆発にも耐えうるほどに、国土開発、食料増産をなしえた土地であり、
現在の香川県の人口100万人、高松市42万人というのは、
讃岐の土地から生産される食料で養えるマックスの人口のようにも思えます。
で、
「食料」と合わせて忘れてはならないのが
「水」の存在。
讃岐は山から海の距離が近く、
山に降った水は鉄砲のように海に流れ込みます。
また、ひとたび雨が降らないと、尋常ならざる大干ばつに見舞われます。
古来より讃岐人は、強大なる敵「水」と「干ばつ」と戦ってきました。
そのような水不足の土地において、江戸時代に人口爆発がおこったのは、
ひとえに、人口を支える食料が生産された事に他ならず、
食料が生産し得たという事は、つまり、江戸時代の讃岐人は、
讃岐の水をねんごろに治めた。
つまり、川の氾濫を治め、水の無い地に水を留めた事になります。
讃岐の歴史は水とともにあり、多くの事は「水」をキーワードにマクロな視点で眺めると、
見えないものが見えてきます。

で、水と歴史の立役者が
江戸時代初期の土木技師であり、讃岐では神と讃えられる
西嶋八兵衛と矢延平六の2名であり、
ネットワーフィンをしていると、
郷土史を研究されている
彫刻家「南正邦」先生のブログにも辿り着き
http://plaza.rakuten.co.jp/masakuni/
これこれ!こんなデータを探していた!
という事と、
自分の知識や思慮がまだまだ足りない事を、改めて思い知らされたのであります。
「食料」と「水」。
讃岐は
古事記にも
「飯依比古」とあるように
古くから食料が豊かな国であった事は分かります。
また、江戸時代の人口爆発にも耐えうるほどに、国土開発、食料増産をなしえた土地であり、
現在の香川県の人口100万人、高松市42万人というのは、
讃岐の土地から生産される食料で養えるマックスの人口のようにも思えます。
で、
「食料」と合わせて忘れてはならないのが
「水」の存在。
讃岐は山から海の距離が近く、
山に降った水は鉄砲のように海に流れ込みます。
また、ひとたび雨が降らないと、尋常ならざる大干ばつに見舞われます。
古来より讃岐人は、強大なる敵「水」と「干ばつ」と戦ってきました。
そのような水不足の土地において、江戸時代に人口爆発がおこったのは、
ひとえに、人口を支える食料が生産された事に他ならず、
食料が生産し得たという事は、つまり、江戸時代の讃岐人は、
讃岐の水をねんごろに治めた。
つまり、川の氾濫を治め、水の無い地に水を留めた事になります。
讃岐の歴史は水とともにあり、多くの事は「水」をキーワードにマクロな視点で眺めると、
見えないものが見えてきます。

で、水と歴史の立役者が
江戸時代初期の土木技師であり、讃岐では神と讃えられる
西嶋八兵衛と矢延平六の2名であり、
ネットワーフィンをしていると、
郷土史を研究されている
彫刻家「南正邦」先生のブログにも辿り着き
http://plaza.rakuten.co.jp/masakuni/
これこれ!こんなデータを探していた!
という事と、
自分の知識や思慮がまだまだ足りない事を、改めて思い知らされたのであります。
Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 07:00│Comments(0)
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