2015年02月06日
古高松という土地
古高松という土地
高松市には「古高松」と呼ばれるエリアがあります。
高松町、新田町、春日町を合わせて「古高松」と呼んでいる訳ですが、
別に町名で「古高松町」がある訳でもないのです。
戦国時代以前、この地にお殿様の城「高松城」があり、
江戸時代に現在の高松市中心部(旧の野原)に高松城が移転したので、
この地を「古い高松」→「古高松」と呼んでおります。
因に、旧高松城跡は、現在「喜岡寺」「永の谷公園」となっており、住民に親しまれています。
さて、「高松」という地名は、実は日本書紀にもでてきているようです。
高松以外に、屋島、木太、元山などなど記述があり、もう平安時代以前には、集落として存在していたことが分かります。
日本書紀への記載は「多加都(たかつ)」とのことなのですが、
国会図書館の元館長さんは「多加都」ではなく「多加津」が正解であると言われます。
「多加の津」つまり「多加の港」があったエリアだと言うことですね。
全国的に「~松」という地名は、「~の津(港)」を指すそうです。
当時は、海運が物流の中心であったため、「津」は非常ににぎわった町であったようなことも想像できます。
古高松には「津の村」というエリアも残っており、
つまり「高松」の町でも玄関口にあたる「港町」であったことが分かります。
因に「津の村」とは屋島源平合戦の「扇の的」等のイベントがあった壇ノ浦にも隣接した場所でもあります。
因に、当時の「高松」のエリアは、現在の秋祭りにその名残りが現存しており、
当時の「高松」は、
屋島中町にある「大宮八幡宮」の氏子である、
現在の屋島東町、屋島中町、古高松町、新田町の一部がこれに当たるそうです。
同じ古高松でも、
新田町の南側、春日町は、秋祭りで別の神社に詣でますので、全く別のエリアであったことのこと。
これだけでも十分、自由研究として耐えうる内容ですよね。
高松大学 藤井講師の講演より。
Posted by ゆうみんのいい奈良漬け at 21:27│Comments(0)
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